IWATE AI JOURNAL

記事を読む 岩手のAI活用・補助金・研修設計を実務で使う
業務改善

統計でたどる岩手150年|人口・出生・車・電話の変化

統計でたどる岩手150年|人口・出生・車・電話の変化

岩手県ふるさと振興部調査統計課の調査分析担当が、調査分析レポート「統計でたどる『いわて150年』の変化」(令和8年10月6日付)をまとめ、県の統計サイト「いわての統計情報」に10月7日に掲載しました。令和8年は、明治9年の県境確定から150年の節目に当たります。レポートは明治16年刊行の「岩手県統計書」と現在の「岩手県統計年鑑」の数字を使い、明治期から令和期までの人口・産業・暮らしを比べた11ページの資料です(岩手県「統計でたどる『いわて150年』の変化」(調査分析レポート№8-1・PDF))。

結論から書くと、県の人口は明治期の約62万人から増え続け、昭和36年に約145万人で過去最多となり、令和期は約114万人です。1世帯当たりの人員は大正期の6.88人から令和期の2.14人へ、自動車保有台数は大正期の2台から令和期の1,004,887台へ変わりました。この記事の数字は、2026年10月7日時点で取得した県の統計サイトのレポート(PDF)で確認したものです。

この記事では、レポートの数字を人口と家族、産業、暮らしの順に読み、県内の事業者が計画づくりに使う時の読み方と、生成AIで長期の統計を扱う時の注意点をまとめます。

この記事の要点

  • 県の人口は明治期の約62万人から昭和36年に約145万人で過去最多となり、令和期は約114万人。ピーク時より30万人以上少ない
  • 出生数は昭和前期の46,617人から令和期は5,432人で、昭和前期の約9分の1。令和期の死亡数は19,612人
  • 1世帯当たりの人員は大正期の6.88人から令和期は2.14人で、約3分の1
  • 農家戸数は昭和前期の188,841戸から令和期は52,688戸で、昭和前期の3割程度
  • 自動車保有台数は大正期の2台から令和期は1,004,887台。携帯電話の契約数は118万件を超えた
  • 比べている年は項目ごとに違う。生成AIで表にまとめる時は、年と単位をそろえて確かめる

対象読者

岩手県内の中小企業の経営者・企画担当、商工団体や金融機関で地域の説明資料を作る担当、自治体や学校で地域の歴史を数字で伝える担当。

読了後にできること

県の150年の変化を、人口・世帯・産業・暮らしの数字で説明できます。長期の統計を生成AIでまとめる時に、年・単位・グラフの読み取りで間違えやすい点を先に確かめられます。

「いわて150年」レポートとは|何を比べた資料か

県名の改称と県境確定の150年

レポートの冒頭によると、本県は明治5年1月8日に「盛岡県」から「岩手県」に改称され、令和4年1月に150周年を迎えました。令和8年は、明治9年の県境確定から150年の節目です。県の統計は明治14年に刊行された「岩手県統計書」に始まり、現在の「岩手県統計年鑑」に引き継がれています。

図: 明治期、大正期、昭和前期、昭和後期、平成期、令和期の6つの時代を、おおむね30年ごとに比べた。明治期は岩手県統計書、現在は岩手県統計年鑑の数字
図解1|レポートが比べた6つの時代と、使った統計書

比べた6つの時代

レポートは、おおむね30年ごとに各時代を代表する統計データを選び、明治期、大正期、昭和前期、昭和後期、平成期、令和期の6つの時代を比べています。明治14年刊行の「岩手県統計書」は掲載項目が少ないため、明治期のデータには明治16年刊行の「岩手県統計書」を使っています。戦時中は統計調査の実施が困難でデータがない年があるため、昭和期は昭和20年代と昭和50年代のデータです。統計の種類によって調査年が異なるので、各年代で利用できる年のデータを比べています。

なお、レポートに記載された内容と見解は、調査統計課調査分析担当が統計データを基に作成したもので、岩手県の公式見解を示すものではない、とレポート自身に書かれています。

明治・大正期と現在を並べた5つの数字

レポートの表1は、明治・大正期と現在を次のように並べています。

項目 明治・大正期 現在
自動車保有台数 大正2年 2台 令和5年 100万台
電話加入件数 大正2年 固定電話 912件 令和5年 携帯電話 118万件
1世帯当たり人員 明治16年 5.7人 令和6年 2.1人
出生数 明治16年 13,862人 令和5年 5,432人
小学校数 明治16年 633校 令和6年 268校

出典:岩手県「統計でたどる『いわて150年』の変化」表1。

人口と家族|約62万人から約145万人、そして約114万人

人口は昭和36年の約145万人が最多

本県の人口は明治期に約62万人で、その後増え続け、昭和36年に約145万人と過去最多を記録しました。平成期の前半までは約140万人前後で推移しましたが、次第に減少傾向が強まり、令和期にはピーク時より30万人以上少ない約114万人となっています。レポートは、本県が人口増加の時代を経て、現在は人口減少に直面していると読んでいます。

図: 岩手県の人口は明治期の約62万人から増え、昭和36年に約145万人で過去最多、令和期は約114万人で人口減少に直面している
図解2|人口は昭和36年の約145万人が最多、令和期は約114万人

レポートの図1に載っている各年の人口は次のとおりです。昭和36年の約145万人は図1には入っておらず、本文で触れられている数字です。

時代 年 人口(千人)
明治期 明治16年(1883年) 616
大正期 大正2年(1913年) 834
昭和前期 昭和22年(1947年) 1,263
昭和後期 昭和52年(1977年) 1,399
平成期 平成19年(2007年) 1,364
令和期 令和6年(2024年) 1,144

出典:岩手県「統計でたどる『いわて150年』の変化」図1(男女の値の合計と照らし合わせて読み取り)。

男女別では、大正期までは男性が女性を上回り、昭和前期以降は女性が男性を上回っています。レポートは、近年その傾向がより顕著になっている要因の一つとして、一般的に女性の平均寿命が男性より長いことを挙げています。

出生数は昭和前期の約9分の1

出生数は明治期の13,862人から増え続け、昭和前期に46,617人を記録した後に減少に転じ、令和期は5,432人です。昭和前期と比べると約9分の1です。死亡数は明治期の9,405人から増加傾向で推移し、昭和後期に一時減少したものの、平成期以降は再び増え、令和期は19,612人です。

平成期以降は死亡数が出生数を上回る自然減に転じており、レポートは少子化と高齢化の進行が人口減少の大きな要因になっていると読んでいます。

1世帯当たりの人員は6.88人から2.14人

世帯数は明治期以降、一貫して増えてきました。人口が減る中でも世帯数が増えているのは、核家族化や単身世帯の増加で、一つの世帯で暮らす人数が少なくなってきたことが要因の一つと考えられる、とレポートは説明しています。1世帯当たりの人員は大正期の6.88人から令和期の2.14人となり、約3分の1にまで減りました。

表1では明治16年の5.7人と令和6年の2.1人を並べ、本文では大正期の6.88人と令和期の2.14人を比べています。同じレポートの中でも、比べる起点の年と小数点以下の桁が違う点に気をつけて読みます。

婚姻件数は15,189件から3,376件

婚姻件数は明治期の5,862件から増え、昭和前期に15,189件を記録した後に減り、令和期は3,376件です。離婚件数は明治期から令和期まで、おおむね1,000件から2,000件台で推移しています。

産業の変化|農家戸数は昭和前期の3割程度に

農家戸数は188,841戸から52,688戸

農家戸数は明治期から大正期にかけて9万戸台で推移し、昭和前期には188,841戸と大きく増えました。その後は減り続け、令和期(令和元年)は52,688戸で、昭和前期の3割程度です。レポートは、農家が減る一方で、農業機械の普及や経営規模の拡大などで農業を取り巻く環境が大きく変わってきたと書いています。

図: 農家戸数は昭和前期の188,841戸から令和期は52,688戸になり、昭和前期の3割程度
図解3|農家戸数は昭和前期の188,841戸から令和期は52,688戸

牛の飼養頭数は昭和後期に約8倍

牛の飼養頭数は明治期から昭和前期にかけて2万頭台でしたが、昭和後期(昭和54年)には170,226頭と約8倍に増えました。その後は減っているものの、令和期(令和6年)でも126,600頭が飼養されています。かつて牛は田畑を耕し、荷物を運ぶために欠かせない存在で、現在は肉用牛や乳用牛が中心です。

明治16年の岩手の産業

レポートの後半には、明治16年の主な統計データが載っています。総人口は615,945人で、おもな農産物の収穫高はうるち米が360,302石と最も多くなっています(農産物の1石は約150kg)。酒類の醸造量は清酒が58,462石(酒類の1石は約180リットル)、商業店舗は小売商が15,937店でした。

暮らしの変化|自動車は2台から100万台へ

自動車保有台数は令和期に1,004,887台

150年前の岩手では、人や物の移動に馬車や人力車が使われ、自動車はまだありませんでした。大正期に初めて2台の自動車が統計に記録され、昭和前期は1,971台、昭和後期は383,310台となりました。昭和後期の台数は世帯数とほぼ同じ水準です。

図: 自動車保有台数は大正期の2台から令和期は1,004,887台。令和期の固定電話は160,093件、携帯電話は118万件
図解4|自動車保有台数と、令和期の固定電話・携帯電話

令和期は1,004,887台で、令和期の世帯数のほぼ2倍です。レポートは、広い県土を有する本県で、自動車は通勤や通学、買い物など日々の暮らしを支える重要な交通手段になっていると書いています。明治16年の諸車では、人力車が730台でした。

固定電話から携帯電話へ

固定電話の加入件数は、大正期に初めて912件が記録されて以来増え続け、平成期には430,400件と、同じ時期の世帯数50万世帯に近い水準に達しました。その後は携帯電話やスマートフォンの普及で減り、令和期は160,093件です。一方で、携帯電話の契約数は118万件を超えています。明治16年の郵便局は100局でした。

火災の焼失戸数と小学校

火災による焼失戸数は、明治期から昭和前期にかけて600戸から800戸台で推移していましたが、昭和後期以降は100戸から300戸台へ大きく減りました。児童数は昭和前期の189,358人をピークに減り続け、令和期は51,546人です。小学校数は昭和前期の719校から令和期は268校になっています。

県内の事業者が数字を計画に使う時の読み方

レポートは過去の変化を記録した資料で、将来の予測を示すものではありません。数字をそのまま事業の結論にせず、自社の計画で確かめる問いに置き換えて使います。

世帯が小さくなった|小分けと配達の単位を見直す

1世帯当たりの人員が2.14人になり、レポートは単身世帯や夫婦のみの世帯が増え、少人数で暮らす世帯が主流になったと書いています。小売店や飲食店、食品製造業では、内容量や配達の単位が今の世帯の人数に合っているかを、自社の販売記録で確かめるきっかけになります。

自動車1,004,887台|車での来店と配送を前提にする

令和期の自動車保有台数は世帯数のほぼ2倍です。広い県土で車が日々の移動を支えている前提で、来店の動線、駐車場の案内、配送の範囲を考えます。

児童数51,546人|少ない人数で回る業務の形にする

児童数は昭和前期の189,358人から令和期は51,546人になりました。採用だけで人手を埋める前提を置かず、日報や引き継ぎ、問い合わせへの回答を記録として残し、少ない人数でも回る業務の形を作っておきます。生成AIで現場の負担を軽くする手順は、岩手の人手不足をAIで補う完全ガイドで整理しています。

農家戸数52,688戸|作業の記録と継承を残す

農家戸数は昭和前期の3割程度になり、牛は役割を変えながら令和期も126,600頭が飼養されています。担い手が減る中で、作業の手順や判断の理由を文書に残しておくことが継承の土台になります。農業での生成AIの使い方は岩手の農業×生成AI|前沢牛・小岩井農場・ひとめぼれの活用事例、事業の引き継ぎは岩手の事業承継・後継者問題をAIで支える完全ガイドが参考になります。

生成AIで長期統計を読むときの注意

比べている年が項目ごとに違う

レポートの図は、同じ「令和期」でも項目によって使った年が違います。人口と世帯数、児童数は令和6年、出生数と死亡数、婚姻件数、自動車保有台数、電話加入件数は令和5年、農家戸数は令和元年です。昭和後期の牛の飼養頭数は昭和54年、平成期の農家戸数は平成17年のデータです。生成AIに「令和期の数字」をまとめさせると、年の違いが消えた表になりやすいので、項目ごとに年の列を残します。

図: 比べている年、グラフの数字、単位と数え方、原因の書き方の4点を元のPDFで確かめてから、資料や社内の説明に使う
図解5|生成AIでまとめた表を社内に回す前に確かめる4点

グラフの数字は抜き出すと並びが崩れる

この記事を作る時、レポートのPDFから文字を抜き出すと、図1の人口の数字が男女と年の順に並ばず、どの数字がどの年の値か分からなくなりました。そこで、男性と女性の数字を足して合計と合うかを年ごとに確かめてから表にしています。例えば昭和52年は、男性676千人と女性723千人で、合計が1,399千人になります。

生成AIにPDFを読ませる場合も、グラフから拾った数字は本文の数字や合計と照らし合わせます。

単位と数え方を確かめる

明治16年の農産物の収穫高と酒類の醸造量は「石」で書かれ、注記では農産物の1石は約150kg、酒類の1石は約180リットルと、同じ「石」でも換算が違います。携帯電話は契約数で、人数ではありません。火災は焼失戸数です。単位と数え方を表の見出しに書いてから、生成AIに計算や比較をさせます。

原因の書き方を強めない

レポートは、世帯の人数が減った理由を「要因の一つと考えられます」、火災の被害が減った理由を「考えられます」と書いています。生成AIで要約すると「〜が原因」と言い切る文になりやすいので、元の資料の書き方に合わせます。

プロンプトの例

次の数字は、岩手県の調査分析レポート「統計でたどる『いわて150年』の変化」に載っているものです。
1. 項目ごとに「時代」「年」「数字」「単位」の4列の表に並べ直してください。
2. 同じ時代でも年が違う項目に印を付けてください。
3. 表にない数字を足したり、増減の理由を書き足したりしないでください。
4. 最後に、元の資料で確かめるべき数字を一覧にしてください。

社内に回す前に確かめること

生成AIが作った表は、元のPDFの本文と図の数字で1つずつ確かめます。年の列がそろっているか、単位が書いてあるか、原因を言い切っていないかの3点を見てから、資料や社内の説明に使います。表の下書きは生成AIに任せても、元のPDFで確かめる作業は人が行います。

岩手の長期統計を探す場所

県の統計は、県の統計サイト「いわての統計情報」(イーハトーブ・データ館)にまとまっています。サイトでは「岩手県累年統計書」は2024年度で作成を終了したと案内されており、長期の数字は「岩手県統計年鑑」や今回のような調査分析レポートで確かめます(岩手県「いわての統計情報」・岩手県「岩手県統計年鑑」)。調査統計課が実施している調査の問い合わせ先は、岩手県「調査統計課が実施している調査の問い合わせ先」に載っています。

ほかの県と同じ項目で比べたい場合は、政府統計の総合窓口のe-Stat「地域統計(都道府県・市区町村のすがた)」も使えます。県の統計データの探し方は岩手県の統計データの探し方で、毎月の人口推計の読み方は岩手県の人口1,111,636人|7月は転入超過110人で整理しています。

あわせて読みたい

よくある質問

Q. 「統計でたどる『いわて150年』の変化」はどこで見られますか。
A. 岩手県の統計サイト「いわての統計情報」に、調査分析レポート(№8-1)として10月7日に掲載されています。PDFで11ページです。

Q. 岩手県の人口が最も多かったのはいつですか。
A. レポートによると昭和36年で、約145万人でした。令和期は約114万人で、ピーク時より30万人以上少なくなっています。

Q. 150年の節目とは、何から150年ですか。
A. 令和8年は、明治9年の県境確定から150年の節目です。県名は明治5年1月8日に「盛岡県」から「岩手県」に改称され、令和4年1月に150周年を迎えています。

Q. レポートの数字や見解は県の公式見解ですか。
A. レポートには、記載された内容と見解は調査統計課調査分析担当が統計データを基に作成したもので、県の公式見解を示すものではないと書かれています。数字の出典は、岩手県統計書(明治16年〜大正2年)と岩手県統計年鑑(昭和22年〜令和7年)です。

Q. 生成AIでこのレポートを要約してもよいですか。
A. 要約の下書きには使えます。ただし、項目ごとに比べている年が違うこと、グラフから拾った数字の並びが崩れやすいこと、「石」の換算が項目で違うことを、元のPDFで確かめてから使います。

運営元 Uravation より自社に近い業務から着手先を選ぶ材料として、業務別の生成AI活用事例50例を無料で公開しています。 生成AI活用事例 業務別50選を受け取る(無料)

参考・出典